アラン・ソバーレインについて

アラン・ソバーレインの会計監査能力は、他の追随を許さない。
無論、彼の帳簿粉飾能力もまた、並ぶものは居ないほどである。しかしながら、彼がローマで新しく与えられた任務は、彼を限りなく疲弊させた。カマリリャに残された財産を確保した上で、来るべき闘争の資金をまかなうという、非常に困難な任務である。

アランは電送データをチェックしていた。カマリリャの投資先を、世界中で根こそぎ奪った電送データである。そして、彼はほとんどのトランザクションが、特定の内通者たちへと遡れる事に気付いた――彼は背反者どもの名前をリストアップし、その罪状をノートに記録していった。どの名前も見覚えのあるものだったが、いくつかの名前はアランを心から驚愕せしめた。そして、反逆者のうち幾人かは、必ずしも自ら望んで動いたのでは無いだろうと考えた。恐らく、洗脳された上でカマリリャ内部に送り込まれた、あるいは気付かぬうちに共犯者へと仕立て上げられたのだ。さらに、アランはリスト中の数人が、反逆とは無関係であろうとも考えた。今現在、ほとんどの者が同様の意見をもっている――すなわち、「あの夜」行方不明となった者達は、全て反逆者側についたのだと。しかし、情報を吐き出させるために拷問され、後に殺された者も居るのではないか?少なくとも、彼はそう信じたかった。さもなくば、悪魔崇拝者たちの手が、当初危惧されたよりも、より深く浸透していることになってしまう。

アランは未だカマリリャ内部には、反逆者が潜んでいるだろうとも思っていた。それが事実か否かに関わらず、現状は疑心と不安とに満ちている。ほとんどの公子は内部の信頼できる者でなければ、その意見を聞かなくなってしまった。悪魔崇拝者の脅威に対抗するには、カマリリャ総体としての対応が必要なのだ――そんな展望は最早、夢物語へと近づいていた。

アランは革製の椅子から立ち上がると、自分のオフィスの中でもひときわ目立つ、レンガの壁の方を向いた。ビルが立てられた当時は、窓のあった辺りである。

知らずの内にノックの音がして、新顔のプロジェクトメンバーがオフィスに入ってきた。

「ミスター・ソバーレイン?どうかなさいましたか?」と、ステファンは言った。

「ああ」と、アランは気の無い返事をした。

ステファンは注意深く歩を進めた。アランに課せられた任務の重責は、彼の性格を激変させていたからだ。『書類に埋もれた会計士』の面影は消え去っており、古くからの同僚達でさえアランとは目を合わせようとしなかった。

「ええ、報告がありました。バルバロはローマを離れ、ヨルダンの首都アンマンへと向かったそうです。これは偶然とは思われません。バチカンからは、『歴史的価値のある文献』が盗まれたとの報告も届いていますので。」

「行ってよろしい」と、アランは振り向きもせずに応えた。彼は今でも、新規追加のメンバーを信用しきれなかった。例えハルデシュタット氏が直々に選出した人材であっても、昨今の夜において注意しすぎるという事は無いのだ。

オフィスのドアが閉じた後、アランは机に戻り、一冊の報告書を取り出した。その報告書、以前では無意味なものだったが、今では新しい意味を帯びて見える。そこには、悪魔崇拝者たちがダマスカスとコラジンとで小規模な盗掘を行った事、それらの場所には儀礼的な意味しか無い事、そして戦術上の有利性はもたらさないであろう事が書かれていた。

アランはすぐさま墺シュタイヤー社製銃器五百丁のオーダーに対して、発送先をヨルダンはアカバ港へと変更させた。

「奴らが何を企んでいるのかは分からん。しかし、我々の手が間に合わなければ、破滅的な結果を生むことは間違いないようだ」。アラン自身、そう認めざるを得なかった。