新シリーズについて

「Promethean: The Created」が、出そうだ。記念として、第五章より抄訳

我が創造主の結論は、自らの(Saturnine Nights)に終止符を打つ最終工程として、命の創造、つまり私を創造することであった。その仮説が証明されたのかどうか、私には分からない。創造主は、我が存在についての根本を教授した後、どういう訳か姿を消した。また、創造主は私にかなりの財産を遺してくれた。しかし、創造主の考えを、作られた身の私が推し量れようはずも無い。
初めて(Transmutation)を為した時、私は朦朧とし、また吐き気を覚えた。そしてその短い時間の間に、私はあらゆる物が、例え何であろうとも、変化する事を悟った。不変など、在りはしない。命であろうと。死であろうと。自己であろうと。この事実こそが、我々を目にする人間の心に、(Disquiet)をもたらすのだろう。我々の内に燃える炎は、変化と転成をつかさどる。そしてそれは、人間の抱く安定という名の幻想にとって、脅威だと直感されるのだろう。
それならば、人間の蒙を啓くことで、彼らの恐怖を取り去ることができるだろうか?私は何の気なく、人間の啓蒙を幾度か試みた。しかし、それが成功することは無かった。人間の恐怖を払うことは、できなかったのである。
その結果人間は、私を殺した。
私が再び目覚めた時、これこそ私の捜し求めてきた変成的体験に違いないと分かった。生と死の狭間を流れる大河に身をゆだねるならば、今までに無い視点を得ることができる。私はその支流の隅々まで、調べ上げようと思った。黒い流れも、光の奔流も。それによって、旅路の心痛を和らげようとしたのだ。私は調査のため、数多くの探索者を遣わした。彼らはその探索によって多少の変貌を遂げており、彼らの経験について語ることを拒んだ。それでも私は、少しずつであるが、有益な情報を集めていた。
私は探索者の選択には慎重を期し、彼らの準備には心血を注いだ。今までのところ、(Disquiet)を克服できるような情報はもたらされていない。私と彼らとの間に、それほどの違いが無いことを示す情報も、もたらされていない。しかし何時の日にか、水路の全てが明らかになるだろう。
その時、全てが変わるのだ。

〈Promethean〉は、どうやら死んでも死なない様子。まあ、アゾート(Azoth)さえ燃えてれば、大丈夫っつう事かな?
筆者の言う「探索者」とは、恐らく人間だ。〈Promethean〉と人間とに大差ないって分かれば、それは〈Disquiet〉を克服する事になるだろう。なので、筆者は人間に臨死を体験させ、そこから情報を得ようとしているのだと思われる。